2018年1月14日日曜日

わかったこと

日曜日、礼拝の素晴らしい恵みを沢山~受けて帰ってきました。

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先週怪我をしてから、沢山の方々が大丈夫?とか、お祈りしてますよ!とお声をかけてくださいました。

あったかいです。

そして、黙ってそっとお祈りしてくださっている方々がいらっしゃいます。


&  昨夜は、教会のいやしの集いでも、

さらに今日も直接にいやしのお祈りしていただいて、お祈りお祈りお祈りの祝福に浸った数日間。


昨日までは、歩く時に痛みを感じていましたが、今日一日振り返れば…早歩きOK、走ってもOK、重たいリュックを背負ってOK、いきなりガバッとかがんだって立ち上がったってOK。自由に動くことができました。触ればまだ痛みはありますが、でも、どう考えても回復が早い、と感じます。


いやし主である神様に、感謝いたします!


さて、神様に、「なぜ私にこの事故、怪我がゆるされたのですか?」

とお祈りして聞いていました。


すると、今日教会メッセージで、神様の事でわからない事があったら、「神様の事、教えを私たちが理解する事」は、「神様の思いにかなう事」なので、神様のみこころの事はすでに受けたと信じる信仰に立つ。

神様は、私が理解できるようにしてくださいます!と受けたと信じ、告白することを学びました。


そして、その様にしましたら、一つ意味がわかりました。


今回の怪我と事故を通して今私は、事故にあう数日前よりもずっと神様の愛を感じている、ということです。


神様の愛をより体験して、より、神様が祈りにこたえてくださることを知るためにです。


足が滑って落ちていく時、とっさにイエス様!と心の中で叫びました。あの危険な条件、衝撃の中で、頭も足も打たなかった不思議。

自分1人ではなくて、沢山の方々がいやしのために心配してお祈りしてくださった事。

いやしがおきていること。


私が祈り求めた条件ぴったりの病院がすぐに見つかったこと。


私のわからない疑問の答えが、次々礼拝メッセージででてくる不思議。


怪我をしたおかげで、日々繰り返しの生活に安住していた自分に、ハッとさせられて、覆いが取られた様な感じがしたこと。


この事故、怪我の中で、より深く神様の愛を体験させていただきました。


そして、この神様の愛を自分が深く知ることは、今度は、私が色々な方々に恵みを流せるようになるために、とっても必要なんだと思いました。



神様、もっとあなたのことを知りたいです!

感謝╰(*´︶`*)╯






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